「ネガティブな発言」はもちろん「ネガティブな感情」も排除すべき話

 

感情は災いの元。

 

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こんな記事をみた。

  

「親が支払いしてるクソ野郎」 ドコモ代理店の書類に信じられないメモ書き 受け取った本人に話を聞いた

 

ドコモショップの書類に残されていた信じられないメモ書きがTwitterで拡散されています。「親が支払いしてるから、お金に無トンチャク」「つまりクソ野郎」と利用客を侮辱したうえで、プランの追加を勧めるよう指示が記されています。

 

お客さんを侮辱する内容をメモした紙を、

誤ってそのお客さんへ見せる書類に紛れさせてしまった、というもの。 

 

 

おお…

これはなんとも。

 

記事はYahoo!ニュースでも配信されているから

見てみたら、予想通りコメントの嵐。

 

まあ、これは許せないよね。

 

ただし、

何ごとも集団でなく、個人を見るようにしてる 

から、この記事において

「これだから代理店は~」といったことを言うつもりはない。

 

 

この出来事はレアケースなのか?

 

ここまでヒドイ出来事はレアケースと言える。

「顧客を侮辱する内容のメモ」を渡すケースなんて、初めて耳にした。

 

でも、メモという目に見える形で残さないまでも、

「心のなかで、顧客を侮辱する」というケースは、

「ある程度、あり得ることかなあ…」とも思った。

 

「心の中で顧客を侮辱する」まではいかなくとも、

「心の中で顧客に苛立つ」くらいなら、よくある話。

(今回のドコモショップの件は、明らかに「侮辱」なので許せないケースだけどね)

 

恥ずかしながら、以前は僕も

「心の中で顧客を侮辱する」ことがあった。

 

 

ネガティブな感情は、排除する

 

「顧客を侮辱する内容のメモを誤って渡す」なんてことは

まず起こり得ないだろう、と思うだろうか。

 

そうでもないよな、と思う。

 

「侮辱する」。

 

僕としては、例えそれがメモとして書かれたり、

顧客から聞こえない場所で声に出されたりであっても、

本質的には変わらないことだと思う。

 

先ほども述べたけど、以前は僕も

「心の中で顧客を侮辱する」ことがあった。

 

現在は、それをすることはない。

何故なら、メリットが少ないから。

 

いまは、例えムカつくことがあっても、

「そのこと自体から、意識を遠ざける」ようにしている。

(うまくいかないときもある。無理にそうする必要はないが、侮辱するのはNG)

 

メリットが少ないってだけで、

「心のなかで毒づくこと」が「全くの無駄」だとは思わない。

 

 

サービスの提供側にも感情はある。

顧客に対して怒ることもあるだろう。

その感情から「心の中で怒る」ことで

気持ちを落ち着かせるなら、その行為は「無駄ではない」ともいえる。

 

でも、全くの無駄ではないだけで、割と無駄だと思う。

 

(繰り返しになるけど、今回のドコモショップの件については弁明の余地ナシ。

 さすがに許せない)

 

 

ネガティブな感情は、割と無駄

 

ネガティブな感情。

これは、さっき言ったように

「心を落ち着かせる」くらいしか、メリットがない。

 

というか、そういったネガティブな感情は、

例え顧客の目に触れたり耳に入ったりしなくとも、

顧客に「悟られてしまいやすい」ものだから、

どちらかといえば、デメリットの方が大きい。

 

仮にネガティブな感情が生まれたとしても、

次の瞬間には意識を切り替えて、

「自分のやるべきことに、集中する」方がよっぽどメリットがある。

 

このことは、以前にも書いた。

 


一部を引用。

 

怒らないようにしよう、不安にならないようにしようと、そういう気持ち自体をなくしてしまうのはむずかしい。でも、その怒りの時間だとか不安の時間をどんどん短くしていくことはできる

 

このとおり。

まあ、どうしても切り替えできないときもあるけどね。

 

 

すべきことを、やる

 

ネガティブな感情を持つ時間があったら、自分のためになることをしよう。

そっちの方が、よほどメリットがある。

 

「他人を批判している暇があったら、

自分の人生をよりよくすることに注力すべき」

 

このことは、改めて肝に銘じておきたい。

 

 

本日はここまで。