マヌルネコちゃんをさがしに

情報の洪水のなかで立ち止まれ

「最近のテレビがつまらなくなったのは本当か?」という問いに答える

テレビ離れが進んで久しい。

最近のテレビは面白くない。

でも果たして、昔のテレビってそんなに面白かったっけ?

 

当エントリでは、

「最近のテレビがつまらなくなったのは本当か?」

について語る。

 

<目次>

・規制がもたらしたもの

・集中させてもらえない

・「分かりやすいこと」の功罪(こう楽しめ、という強制)

・「お茶の間」の消失と仮想空間

・「万人向け」が受け入れられなくなってきた(個の追求、選択肢の増加)

 

あとがき

・可処分時間の奪い合い

 

結論

つまらなくなったのは本当。

ただし、

つまらなくなったのはTV番組だけが原因ではない。

 

 

・規制がもたらしたもの

「昔のテレビは面白かった」。

こんな意見を聞いたことはないだろうか。

 

だがここは一旦、落ち着いて考えてみよう。

「懐古厨」という言葉があるように、

昔を懐かしむ気持ちから、思い出が美化されているだけかも知れない。

 

「本当に、いまのテレビより昔のテレビの方が面白いのか?」

それを確認したかった僕は、

昔のバラエティ番組をYouTubeで漁った。


これ本当にお腹がよじれるほど笑った

 

うん。面白すぎる。

ただ、いまのテレビではまず許されないねコレ。

一歩間違えば、怪我や事故に繋がるおそれがある。

昔は規制がゆるく、テレビはやりたい放題できていた。

 

規制が厳しくなってきた現在では、

どの局も、似たりよったりの番組を放送している。

健康番組、食レポ、お笑い芸人の内輪ネタ、消費を喚起させるためのランキング形式の番組など。

苦情をもらわないよう、立ち回る。

当たり障りのない内容にせざるを得ない状況がある。

 

とはいえ、

「面白くないのは規制のせい」

 と考えるのは早計だ。

 

 

・集中させてもらえない

 

私たちが「通知」から逃れるためには、固い意思が必要だ。

 

 すべてが「つながる」現代において私たちは、

「集中を妨げる要素」に晒されている。

 

LINEその他、多くのアプリの通知はひっきりなしに届き、

集中を妨げる。

スマホの通知なら、まだいい。

通知機能をオフにしたり、サイレントにしたりすれば済むからだ。

 

厄介なのは、

「自分自身で、情報を取りにいこうとしてしまう」こと。

 

私たちは、ほんの数秒のスキマ時間を見つけては、

すぐに「何か新しい情報はないか?」と、

スマホの画面に目を落とす。

 

たった数秒の空白も、耐えられないのだ。

 

私たちの意識はしばしば

「目の前にあるコンテンツ以外の情報」を

得ようとしてしまう。

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テレビを「見ながら」のはずがスマホがメインに

 

 

・「分かりやすいこと」の功罪(こう楽しめ、という強制)

 

ほら、ここが笑うところですよ。

 

現代のテレビではとにかく「分かりやすいこと」が重視される。

典型的なのは「テロップ」と「ワイプ」の多用だ。

 

まず、テロップについて。

いつからか、TV番組の画面はテロップで埋め尽くされるようになってきた。

状況について説明するテロップはまだしも、

「日本語を話しているのに、日本語の字幕が表示される」テロップが多いことは、

多くの人が感じるところだと思う。

 

次に、ワイプ。

VTRが流れている間、それを見ている出演者の顔が、画面の隅に表示される。

メインのコンテンツがVTRなのか、出演者の反応なのかが曖昧になる。

出演者の反応をリアルタイムで確認する必要があるだろうか? VTRに集中できない

 

テロップやワイプによって

番組側が、強制的に送るメッセージはこうだ。

 

「これは面白いセリフですよ」

「ここが笑うとこですよ!」

 

 

・「お茶の間」の消失と仮想空間

 

「お茶の間が凍る」ことは、もうない。

 

テレビ番組がお茶の間(リビング)だけで見られたのは、もう昔。

一家に一台のテレビは、

ひとり一台のテレビとなり、

ひとり一台のスマホは、テレビの役目を果たしている。

 

自室であっても、そうでなくても、関係ない。

スマホひとつに目を落としてしまえば、それが自分の空間となる。

皆それぞれが、自分の空間にこもる。

物理的な空間は関係ない。

 

テレビ視聴を変えたものとして、SNSの存在は大きい。

 

リアルタイムで観ている番組を、SNSで繋がる人たちと実況する。

そんな楽しみ方が生まれたことは、進化なのか。

お茶の間の役割をネットが担うこと自体は、

昔のテレビ視聴の延長線と、割り切るべきなのか。

確かに言えるのは、テレビ番組そのものを楽しむ「時間」は減少し、

私たちはテレビ番組に集中しなくなった、ということ。

 

今日も多くの人たちが、

仮想空間での「お茶の間」で過ごす。

  

私たちは

「集中できなくなった」のではなく

「集中しなくなった」のだと、思う。

 

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・「万人向け」が受け入れられなくなってきた(個の追求、選択肢の増加)

 

ビデオ・スターは葬られた。インターネットによって。

 

インターネットの普及により、

私たちは、本当に興味のあるコンテンツだけを

選べるようになった。

 

興味のない番組を見るくらいなら、

興味のあるコンテンツを自分で見つけて、楽しんだ方がいい。

  

こうなるともはや、つまらない云々の問題以前に、

見向きすらされなくなっている状況だ。

 

 

冒頭の問いと、結論に戻る。

 

「最近のテレビがつまらなくなったのは本当か?」

「つまらなくなったのは本当。ただし、つまらなくなったのはTV番組だけが原因ではない」

 

 

 あとがき

・可処分時間の奪い合い

 「最近のテレビがつまらなくなったのは本当か?」について語るはずが、

テレビが葬り去られてしまったことの話に脱線してしまった。

 

冒頭で述べたとおり、

つまらなくなったのは事実だが、それはTV番組だけに原因があるわけではない。

 インターネットが人々の時間を奪ってしまったこと。

この影響は大きい。

 

人々から「可処分時間をいかに奪うか?」が競われている現代。

スマホに触れる手を止めて見入ってしまうような

輝いていたころの番組をもう一度、見てみたいと思う。

 

In my mind and in my car
We can't rewind, we've gone too far

心の中で 車の中で 巻き戻そうと思うけど
もうできない
ぼくらは本当に遠くまで 来てしまった

(Video Killed the Radio Star(ラジオスターの悲劇)/ The Buggles